
最近、仕事の中で少し増えてきたやり取りがあります。
「AIからこんな回答が来たので、これで進めてみてください」
最初は、単純に便利だなと思っていました。
たたきとしては十分だし、スピードも速い。
ただ、何度か同じようなやり取りが続いたときに、
少しだけ引っかかる感覚がありました。
これをそのまま進めていったとき、
最終的な判断って、誰が持つんだろう、と。
AIが「優秀な部下」に見えてきたとき
この違和感を言葉にしてみると、
少ししっくりきたのが、
AIが、優秀な部下やパートナーのように見えている
という感覚でした。
- 言われたことは素早く形にしてくれる
- 一定以上の質でまとめてくれる
- それっぽい提案もしてくれる
だからこそ、
「じゃあこれで進めようか」と言いたくなる。
実際、それで問題なく進む場面も多いと思います。
ただ、この関係性をそのまま受け入れていいのかは、
少し考える余地がある気がしています。
インテレクチュアル・リーダーシップという考え方
こういうときに思い出したのが、企業勤めの際にマネジメントのベースになっていた
インテレクチュアル・リーダーシップという考え方でした。
少し平たく言うと、
肩書きや役職ではなく、「考える力」で周囲に影響を与えること
です。
たとえば、
- なぜこの方向で進めるのか
- 他にどんな選択肢があるのか
- どこにリスクがあるのか
こういったことを、自分の頭で考えて、
自分の言葉で説明できる人が、
結果的に仕事の方向をつくっていく。
そんなイメージです。
ここでポイントになるのは、
- 正しい答えを出すことではなく
- 「判断の前提を持っていること」
だと思っています。
誰かの意見や、外から持ってきた答えを使うこと自体は問題なくて、
それをどう扱うか、どこまで採用するかを決めるのが役割になる。
そう考えると、これは特別な立場の人だけでなく、
日々の仕事の中で誰にでも求められるものだと感じています。
AIとの距離感をどう取るか
この考え方をそのまま当てはめると、
AIとの距離感も少し整理しやすくなりました。
AIが優秀であるほど、
- 判断まで任せたくなる
- 考える工程を飛ばしたくなる
という流れが自然に起きます。
ただ、それをそのまま続けていくと、
「自分はなぜその選択をしたのか」が弱くなる
感覚がありました。
今のところわが家では、
最終的な判断に関わる部分は、
自分の言葉で説明できる状態を残しておく
というラインを意識しています。
手が止まる瞬間がある
日々の仕事の中で、
一度AIに出してもらった内容をそのまま使おうとして、
ふと手が止まることがあります。
- この方向でいい理由は?
- 他の選択肢は本当にない?
そう考えたときに、
うまく言葉にできない感覚が残るときです。
その場合は、一度その案をそのまま使うのをやめて、
自分で組み直したり、前提から考え直したりします。
時間はかかりますが、
その後のやり取りはシンプルになることが多いです。
AIは「考える前に形にしてくれる」
こうした経験から感じているのは、
AIは「答えを出す」というより、
考える前に、それっぽい形をつくってくれる存在だということです。
それ自体は、とても助かります。
ただ、そのまま使うと、
- なぜそうなったのか
- どこを選んで、どこを捨てたのか
といったプロセスが、自分の中に残りにくい。
だからこそ、
- スピードを優先する場面
- 判断の解像度を上げたい場面
この2つで、使い方を分ける必要があると感じています。
生活の中でも、似たことが起きている
これは仕事に限った話ではなくて、
生活の中でも同じような構造があります。
たとえば、
- 習い事を増やすかどうか
- 平日の過ごし方をどう組むか
情報を集めれば、それっぽい答えはいくらでも出てきます。
ただ最終的に必要なのは、
- その家庭にとって無理がないか
- 続けられるか
という判断で、
ここは外から持ってくることができません。
うまくできない日もある
とはいえ、この使い方がいつもできるわけではありません。
- 納期が短いとき
- アウトプット量が求められるとき
こういうときは、AIにかなり頼ります。
また、
- 子どもの体調不良が重なった日
- そもそも考える余力がない日
こういう日は、「考えない」という選択をすることもあります。
ここは割り切りです。
今のところの距離感
今のところわが家では、
- AIを「優秀な部下」として扱いつつ
- 判断の最終ラインは自分で持つ
そんな距離感で使っています。
これが正解だとは思っていません。
ただ、
「AIがそう言ったから」ではなく、
「自分がそう判断したから」と言える状態は、
できるだけ残しておきたいと思っています。
インテレクチュアル・リーダーシップという考え方は、
そのラインを見失わないための、一つの目印のようなものかもしれません。